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ケアマネのつぶやき

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わが内なる多様性を認めないもの

2022-06-26
注目チェックNEW
わが内なる多様性を認めないもの

2022年6月18日(土)、19日(日)に神奈川県川崎市で開催された日本ケアマネジメント学会研究大会のテーマは「多様性のある社会の実現に向けたケアマネジメントの真価」であった。

多様性のある社会の実現は、ダイバーシティという横文字の氾濫にみられるように、今日、企業や自治体の多くでその重要性が指摘されている。ケアマネジメントにおいても多様性は重要な意味を持っていると考えている。

ケアマネジャーが支援する個々の利用者は、実に様々な営みの中で暮らし生きてきたのであり、家族も、その人が暮らす地域もさまざまであり、我々は利用者とひとくくりに呼ぶが、ただ一人として同じ利用者はいないのである。まさにそこにあるのは多様性そのものなのだ。

ところが介護保険のサービスを利用するにあたっては、こまごまとした規則や規制がある。ケアマネジャーはそれらをしっかり頭に叩き込んで仕事をすることが求められている。ここでは介護保険の規則や制度にケアマネジャーの注意が向けられることになりがちである。利用者の暮らしの多様性に目をつぶり、利用者の足に合わせた靴を提供するのではなく、利用者の足を靴に無理やり合わせていただく、というような思考になりがちである。介護保険制度の中で行われるケアマネジメントは多様性をめぐって危うさを抱えていることを指摘しなければならない。

 

朝日新聞デジタルVoice2022に掲載された名古屋大大学院の内田良教授の話は、多様性ではなく規則を守ることに意味を見出す社会的意識を生み出しているものについてふれた大変興味深いものとなっている。内田教授の指摘は「校則と職場の謎ルール 思考停止が招く政治への無関心」というテーマで、来るべき参院選に対する無関心についてふれたものであるが、ケアマネジメントと多様性について考えさせることが多いので以下に紹介させていただく 

「職場の「謎ルール」は学校の「ブラック校則」の延長線上にあるように思います。社会にはなぜ、こんなにも理不尽なルールがあふれているのでしょうか。ブラック校則は多くの学校にあります。そこでは理不尽に耐えるトレーニングをしているようなものです。そうした校則感覚を持ったまま大人になり、上から言われた通りに従う企業文化が作られていると思います。」「子どもにとって校則は法律のようなものです。世の中の土台を変えていく意識を高めることが学校の使命のはずですが、実際に教えているのは『ルールを守りなさい』ということ。自分で考え、意見を持ち、表明するプロセスがない。そのまま大人になり、理不尽な企業文化にも、どっぷりはまってしまう。」「こうした「ルール」は、―中略― 考える営み、自分の直感を伝えることの放棄につながっていると思います。」

 介護保険の制度にも、一人一人の高齢者の暮らしやニーズからみると随分おかしな規則がないわけではない。理不尽な規則をおかしいと感じ、自らの感性を信じ、既成の概念や規則に縛られない思考こそ、多様性の社会の基礎になるのではないであろうか。ケアマネジメントの実践は、わが内なる多様性を認めないものに対して問い掛けることから始まるのかもしれない。

2022-06-13
オススメ
「早くお迎えに来てほしい」と嘆く高齢者

ケアマネジャーが訪問するたびに「長生きしすぎた」「生きていても役立たず」「早くお迎えに来てほしい」とRさんは話す。同じようなことを口癖のようにつぶやく高齢者は少なくないことはよく知っている。しかしRさんは少し違っていた、そのうちお医者さんに行くのをやめた、当然薬も飲まなくなった。食事も食べたり食べなかったり。この時、ケアマネジャーは「この人は確信犯だ」と思わざるを得なかった。もともと絵を描いたり、季語がないから多分川柳だと思われる句作を趣味としていた人であるが、そうした趣味にも蓋をしてしまったかのようであった。ある時ケアマネジャーが余分なことを言ってしまった。「ヨーロッパには安楽死ができる国があるそうだ」と。それ以来しばらくRさんの興味は「ヨーロッパのある国」と「安楽死」にあったようだ。

98歳になり、安楽死を希望して、どうしたらそれが叶うのか、真剣に尋ねるRさんに対し「そんなことはできない」と、話をはぐらかすことしかできないのか。ケアマネジャーは真剣に考えた。ものの本によれば「役割の喪失」と「社会的孤立」が高齢者の生きる意味を見失う原因となると。一人暮らしで、子供や孫は都会に住んでいるRさんにとって、家族の中での役割を見つけることは困難だと思った。それではデイサービスに行ってもらおうと、いやがるRさんを説得し週3回のデイサービスに行ってもらうことになった。最初は嫌がったが、そのうち慣れたのか「あそこは面白い」と言い休まず参加していた。デイサービスの職員からもRさんはいろんな活動に対しても積極的に取り組んでいる、との話を聞いていた。それでもケアマネジャーが訪問するたびに「長生きしすぎた」「早くお迎えに来てほしい」という言葉がなくなることはなかった。

ある時、一人暮らしの生活を心配した都会に住む子供たちから「ぜひ施設入所をさせてほしい」との電話が入る。本人は「気ままな今の暮らしがいい」とその話には乗り気ではなかった。しかし子供たちの熱心な説得と、今の生活に不安を感じることも本人の気持ち中にあったのだろうか、話は進み、ある特別養護老人ホームの通称「ロングショート」と呼ぶ連続した短期入所を利用することとなった。

1カ月ほどたった時、施設の職員に話を聞く機会があった。部屋で一人にいることはほとんどなく、同じ入所者の中に溶け込んでいます。時々は絵をかいたりして趣味の活動も行っています。「早くお迎えに来てほしい」と言うことはありませんか、という私の問いに、Rさんからそんな言葉は聞いたことがありません、とその職員は答えてくれた。

決してこちらが意図して施設での生活を進めたわけではないが、Rさんの心の中に「ヨーロッパのある国」や「安楽死」というキーワードが消えているとすれば、施設の生活はRさんにとって素晴らしい終の棲家になっているのではないかと考えた。

折から、カンヌ国際映画祭で早川千絵監督の「PLAN75」という映画が話題になっている。映画の中身は、日本のある将来、75歳になったら死を選べる制度ができた、という設定で生きることの意味を考えさせる内容だと聞いている。主演が倍賞千恵子だというから何が何でも見なければと思っている。それにしても、高齢者が生きる意味を考えなければならないほど、日本の今は危ういのかもしれない。

サービス付き高齢者住宅等のケアマネジメント

2022-06-02
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サービス付き高齢者住宅等のケアマネジメント

 日本総研から「サービス付き高齢者向け住宅等における適正なケアプラン作成に向けた調査研究」報告書が発表されている。これは令和2年度老人保健事業推進費等補助事業としてまとめられたもので200ページを超える報告書であるが、表題に占めされているようにサービス付き高齢者向け住宅等におけるケアプランには問題があるのではないか、という問題意識から出発していることは明らかである。日本総研は「適正なケアマネジメント」という言葉が大好きなようである。

ここでその調査結果に詳しく触れることはできないが、「アンケート調査結果から得られた示唆」としてまとめられているので原文のまま紹介しておく。「『ケアプランが画一的』、『必要なサービスがプランに位置づけられていない』、『限度額一杯まで設定』、『住まい運営法人のサービス優先』となっていることが多い状況である。これらの問題の背景は、主に、『運営法人からの指示・指導』によるもの、加えて、介護人材不足からくるものである。このような結果を踏まえると、一部のケアマネジャーにおいては、住まいの運営法人からの指導と、目の前の利用者に対する適正なケアマネジメントとの問で、『利用者本位のケアマネジメントを実践したいと思っているのに、住まいの運営法人からの指導等により、それができていない』と葛藤している状況があることが推察される。」としている。

こうした指摘は、この調査研究の結果を待つまでもなく、真面目に仕事をしようとするケアマネジャーにとって、困難を感じている現場の課題の一つである。もちろんすべてのこうした高齢者住宅がそうなっているわけではない。良心的に運営されている高齢種住宅もたくさんある。しかし一部のこうした収益を優先した高齢者住宅があるのも現実である。入居する利用者はみな介護認定を受けているから、「介護認定による支給限度額いっぱい使ってもらわないと困ります」しかも「そのサービスは高齢者住宅を運営する法人の介護サービスに限ります」「他の事業所のサービスは使えません」とはっきり言われる。「それはおかしいでしょう」と言いたいけれど、介護保険の入所施設はいずれもいっぱい、自宅で暮らすことが困難な要介護高齢者の行先探しに苦慮するケアマネジャーにとって、その言葉はぐっと飲みこむしかない。

この問題の背景は「こうしたサービス付き高齢者住宅は国の政策として推進されてきたものである。高齢者施設への入所を希望する、いわゆる多くの待機高齢者の存在に、国は高齢者施設の増設ではなく、こうしたサービス付き高齢者住宅として、多少の補助金をつけることにより民間にまかせた。その結果、全国に雨後の筍のようにサービス付き高齢者住宅が誕生したのである。こうした民間の事業所や個人が行うサービス付き高齢者住宅は慈善事業ではないから、当然のごとく利益を追求してその料金設定を行う。したがって、介護保険サービスを最大限使うことを前提に経営が行われていくこととなるし、これを規制するものは何もない。」(これまでの「ケアマネのつぶやき」から再掲)この高齢者住宅の問題は、これまでも2回ほど「ケアマネのつぶやき」の中でふれてきたが、公平性を求められる介護保険のケアマネジャーと介護保険に組み入れられたサービスの市場原理が交錯するそうした現場の矛盾なのである。今回の報告書は「適正なケアプラン作成」という名のもとに、ケアマネジャーにこうした現実を是正させようというのである。

ではこの「調査研究」はそうした現実に対してどうしようとしているのか。「高齢者住まい運営事業者・ケアマネジャー・住まいの職員向けの啓発」を上げ「具体的には、以下の観点について共通理解を得ることが重要と考えられる。『適正なケアマネジメントとは何か』『なぜ適正なケアマネジメントが重要か』『どうすれば適正なケアマネジメントが実践できるか』」としている。

さらに、高齢者住まい運営事業者・ケアマネジャー・住まい職員を主な対象者と想定し「サービス付き高齢者向け住宅・住宅型有料老人ホームにおける適正なケアマネジメントのヒント」(仮)と題する冊子を作成するとしている。この冊子が現場で苦慮するケアマネジャーにとって、役に立つものであってほしいと思うのであるが。

さらに、「アンケート調査結果から得られた示唆」の2番目に「入居率が高い住まいほど利用者本位のケアマネジメントが実践できていると認識している割合が高くなっており、「適正なケアマネジメント」と入居率との相関が示唆された。また、「利用者本位のケアマネジメントができている」という住まいほど、「介護職員の定着」等の運営上の課題が少ない。・・・中略・・・上記から、「適正なケアマネジメント」を実践することは、入居者ひいては職員の満足度の向上につながり、その結果として入居率向上や離職防止等の経営上のポジティブな効果をもたらす可能性が示唆される。」としている。

介護支援専門員の法定研修の見直し その2

2022-05-28
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介護支援専門員の法定研修の見直し その2

  日本総研がまとめた介護支援専門員の法定研修見直しのための「介護支援専門員の資質向上に資する研修等の在り方に関する調査研究事業報告書」に関して前回に続き紹介しながら私見を加えてみる。

 

ケアマネジメントの倫理の追加

新たに追加されたり時間数が増やされているのが「ケアマネジメントの倫理」という科目である。報告書ではその必要性を以下のように説明している。「認知症や終末期などで意思決定支援を必要とする利用者・世帯がさらに増えるとともに・根拠のある支援の組み立てに向けて学ぶべき知識や技術の変化が今後も進むと考えられる。そのような変化の中では、職業倫理の重要性は一層高まることが見込まれる。そのため、職業倫理についての視点を強化」するとしている。

こうした指摘を待つまでもなく、本来ケアマネジメントとは、価値の実現そのものを実践の重要な内容とするものであり、同時に価値、倫理の実践にはジレンマがともなうという意味でこの科目の時間増、新設には意味があるものだと考える。

 

講義中心の時間配分

「法定研修修了後の継続研修(法定外研修、OJT等)で実践力を養成することを前提に、カリキュラムの内容を幅広い知識の獲得に重きを置いた時間配分(=講義中心)に見直す」となっている。どの程度の時間が講義中心になるのかは示されていないため不明であるが、これは朗報であると考える。テーマは変わるが結局は同じような事例検討を講師の指導に基づき延々と続ける。そこには自由で刺激的な意見交換は期待できない。この苦行が少し軽減されるのであればこれは朗報というべきであろう。

 

専門II、主任更新を複数回受講する場合の取扱い

介護支援専門員を続ける限り5年ごとに更新研修を受講しなければならない。2回目、3回目と同じカリキュラムの研修を受けることになる。この問題について「別カリキュラムを用意することが理想であるが、実施機関の負担などを考慮すると実現は難しい」として「具体的な配慮の方法や工夫については研修実施機関の判断に委ねる」として問題を先送りしている。「複数回の受講が想定されたとしても、4~5年に一度であるので」忘れているから同じでもいいと言うわけではないと思うが、やや無責任ではないか。所詮、法定研修といってもそんなものだというのであろうか。

 

今回の介護支援専門員の法定研修カリキュラムの見直し案の主な内容は以上のようなものであるが、いろんな専門職がある中で介護支援専門員だけがこれだけの義務的な研修をうけなければ更新ができないということについては、やはり釈然としない。どうしても必要というならば、少なくとも5年ごとの研修ではなく、10年をめどに研修を受講するくらいにならないものであろうか。 

介護支援専門員の法定研修見直し その1

2022-05-17
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介護支援専門員の法定研修見直し その1

 日本総研がまとめた介護支援専門員の法定研修見直しのための「介護支援専門員の資質向上に資する研修等の在り方に関する調査研究事業報告書」が公表されている。この報告書は令和3年度の厚労省の「老人保健健康増進事業」として行われたもので、「介護保険最新情報」Vol1073によれば、これは正式な決定ではないが「今後、当該事業の成果物等を踏まえ、介護支援専門員の法定研修のカリキュラム等の改定を予定しています」となっている。従来の厚労省のやり方から見ても、ほぼここに提案されている内容で決定されていくものとみて間違いはないのであろう。

こうした法定研修が現場の介護支援専門員にどれだけ役に立っているかに関しては、以前の「ケアマネつぶやき」のところでも述べたが、私としては極めて懐疑的である。そこでの学びと、費やされる負担を考えると「お仕着せの法定研修」は必要ないと考えている。しかし、ことお上が決める以上避けて通ることはできないのであるから、一応この報告書を通読してみた。ここではその中身について紹介し私見を述べてみることとする。

 

「養成研修の位置づけ」

まず注目したのは「養成研修の位置づけ」のところで述べられている次の文章である。

「現在の介護保険制度において、介護支援専門員が提供する支援は利用者の自己負担なく利用できる。これは制度・サービスを利用するために自己決定を支えるという特徴を踏まえ、そうした支援に国民誰もがアクセスできるようにするとの考え方にもとづくとされている。したがって・・・中略・・・法定研修の受講が義務付けられている。」同じ内容が別のところでは「法定研修は、国民が誰もが利用できる居宅介護支援の水準を一定以上のものとして確保するために『最低限必要な知識・技術の習得』を目的として位置づけられたものである。」これはある意味、現場の介護支援専門員として納得のいく説明である。しかし、財務省が主張し毎回の介護報酬改定で問題となっている介護支援専門員のサービスに一部負担が導入されたとしたら、この説明はいったいどうなるのであろうかと考えてしまう。

 

研修時間数は変わらず

今回のカリキュラムの改定は実務研修、専門研修Ⅰ・Ⅱ、主任介護支援専門員研修・同更新研修等法定研修全般にわたっているが、それぞれの時間数はこれまで通りとなっており、その一部の科目が新設されたり、削除されたりしている。

ただ、時間数について「オンライン研修環境の整備が進んでいることを念頭に、「時間数」はあくまで目安や程度等であるという位置づけを改めて明確にし、地域の状況や修得目標の達成状況等を踏まえ、都道府県がより柔軟に時間数の解釈を行えるように、「時間数」の定義、解釈方法等についてガイドライン上に明記する。(仮に時間数に満たない講義・演習時間数であっても、修得目標の達成が担保できるのであれば修了を認める等の具体的な例示を行うことも検討する。)」となっている。

 

「適切なケアマネジメント手法」を重視

今回の見直しの中で特徴的なのが「適切なケアマネジメント手法」を用いた研修がその中心に位置づけられているということである。報告書概要版によれば「根拠ある支援の組み立ての基盤となる視点(適切なケアマネジメント手法や科学的介護(LIFE)等)を学ぶ内容を各科目類型に追加」「高齢者の生活課題の要因等を踏まえた支援の実施に必要な知識や実践上の留意点を継続的に学ぶことができるように、適切なケアマネジメント手法の考え方を実務研修、専門研修Ⅰ・Ⅱ、主任介護支援専門員研修・主任更新研修に横ぐしをさして学ぶ科目類型を追加」となっている。具体的にカリキュラム案で、従来の「リハビリテーション及び福祉用具の活用に関する事例」「「看取り等に関する看護サービスの活用に関する事例」といった科目に代わり「脳血管疾患のある方のケアマネジメント」「認知症のある方のケアマネジメント」といった「適切なケアマネジメント手法」にしめされた科目にそっくり入れ替わっている。

ここでなるほどと思い当たるのは、厚労省が昨年の6月23日から今年の3月25日にかけ「適切なケアマネジメント手法」の普及推進のため7回にも及ぶ事務連絡を発出するという異常な入れ込み方が、今回の報告書につながっていることでようやく納得がいった。今後の介護支援専門員の研修においてこの「適切なケアマネジメント手法が」重要な枠組みを持つものになることは間違いないようである。

(続きは次回の「ケアマネのつぶやき」)

 

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