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ケアマネのつぶやき

ケアマネのつぶやき

取り残される高齢者

2020-09-11
チェック
取り残される高齢者
この地域の2025年問題
将来推計人口 取り残される高齢者 
 
2010年
2025年
2040年
 
熊野市
19.662
15.113(76.9)
11.200(57.0)
御浜町
9.376
7.823(83.4)
6.366(67.9)
紀宝町
11.896
9.891(83.1)
7.838(65.9)
(国立社会保障・人口問題研究所 「日本の地域別将来推計人口」)
高齢者単身世帯/全世帯2010年 全国 9.6% 紀南地域19.7% (国勢調査)
         
 2025年問題とは「2025年は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる年です。25年以降は、2200万人、4人に1人が75歳以上という超高齢社会が到来します。」
上記の数字を見て、私はこの地域の決して遠くない、来たるべき未来を描いてみようと思う。
この地域は、すでに市街地の周辺の山間部、海岸部にたくさんの限界集落を抱えている。こうした地域では、高齢化率が50%を超え、これまで地域を支えてきた担い手がいなくなり、地縁、血縁による助け合いが困難となり、共同体の維持が困難になっている。
さらに、5年後の2025年、20年後の2040年、こうした地域からは子供たちの声は途絶え、移動の足を奪われ、取り残され、何らかの支援が必要になった一人暮らしの高齢者ばかりである。見出すことができるのは住む人がいなくなって久しい空き家ばかり。田畑は荒れ背丈を超える雑草が生い茂り、夜ともなればシカやイノシシが跋扈し、さながらサファリパーク状態の地域である。このような5年後、20年後のこの地の姿を描くことは決して難しいことではない。そこで暮らしていく高齢者の生活はどのようになるのであろうか。
高齢者の多くは一人暮らしである。そこには国が想定するような助け合いやボランティアを担うべき人たちを見出すのは困難であろう。公共交通機関の利用は難しく、かってあった地元のお店も姿を消し、地元の医療機関もはたして存続しているであろうか。
 新自由主義の旗手であった竹中平蔵は「日本の人口はこれからどんどん減る。・・・そのとき、今の集落をそのまま維持することはできない。申し訳ないが補助金を出すので山間地の人は都市に移ってください、という国土政策に転換するだろう」というが、高齢者に長年住み慣れた地域を、明日から住み替えてくださいということは、そんなに簡単なことではない。
この地域の2025年問題は、大量の要介護高齢者の存在といった問題だけではなく、共同体の機能の停止と集落が崩壊し、生活に何らかの支援が必要な、取り残された大量の独居高齢者の存在である。
ここで暮らし続けるうえで、生活支援サービスと移動の確保は今以上に不可欠で深刻な課題となってくるであろうと考れれる。
 
増々必要になる生活支援え
老いは、まず、わが家で始まる。こうした軽度要介護高齢者の中には、生活支援がなくては暮らせない人が少なくない。このことは「ほんの少し支えてもらえれば」自立した生活の継続が可能な人たちである。そしてそれを可能にするのが訪問介護による生活援助である。  
しかも、先にふれたように、この地では今後、同居家族のいない単身高齢世帯が急増していくのであるから、その結果、生活支援の必要性は一層不可欠なものになっていくと考えられる。
沖藤典子は次のように生活支援の必要性を説く
「弱まりはあるかもしれないけれど、少しの支えがあれば自分で生活を営むことができ、多くの医療費を使わない高齢者を作っていく、それこそが介護保険の本丸だと思うからである。生活の崩壊を防ぐことがまず第一、「急がば回れ」である。」(『それでも我が家から逝きたい』沖藤典子著) 
過疎、高齢化、少子化が深刻化している全国のこうした地域でこそ、少しの生活援助で支えられる多くの高齢者がたくさん存在するということではないか。
介護保険度の財源対策、制度持続の名目で、訪問介護の生活援助を介護保険から切り離し、地域住民、ボランティアの助け合いに切り替えていこうという国の政策がいかに危ういものであるか、私は強く警鐘を鳴らしたいと思う。
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