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ケアマネのつぶやき

ケアマネのつぶやき

家族支援を考える

2022-03-08
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家族支援を考える

  要介護状態にある高齢者のケアマネジメントを考える場合、家族は最も強力な社会資源であることに間違いはない。しかし同時に、家族介護者は被介護者である高齢者に最も近いということや、それまでの家族の歴史、感情的なつながりの濃さゆえに、介護に伴う精神的、肉体的な疲弊をもたらすことになる場合も多い。ここでは介護者の負担の軽減が、利用者のケアとともに重要なケアマネジメントの対象となる。

しかし、ともするとケアマネジャーや介護職にあるものは要介護高齢者を中心に思考するために、介護する家族を「介護者」という役割を持つ者として見てしまいがちである。しかし、介護にあたる家族には、当然のことながら「介護者」以外の顔もある。そこで、介護する家族に接する際は「介護者」としてのその人以外の顔も含めてアセスメントする必要がある。

特に認知症の人の介護は、元気であった頃の被介護者との落差に戸惑い、また認知症に固有なBPSDは身近な人により強く表れるということもあり、頭では認知症の人の介護を理解しているつもりでも現実には受け止められない日々の介護の現実がある。それゆえに家族介護者の支援はとりわけ重要である。さらに、家族への支援は単にそれにとどまらず、認知症本人のケアにとっても大きいという春日武彦氏の示唆も重要であると考える。「当人への直接アプローチをしなくとも周囲の人間の精神状態に働きかけることで、少なくとも状況改善の糸口をつかみ得ること…家族に心のゆとりを持ってもらうということは予想以上に効果的な『患者への働きかけ』」となる1と述べている。

 

介護保険のケアマネジャーにとって悩ましい問題の一つに男性の介護者の問題がある。これまで仕事一筋で家事能力を失ってしまった男性が介護に向き合うとき、そこには固有な難しさがある。介護保険の訪問介護の生活支援(家事支援)は介護者が病気や障害を持っている場合は可能であるが、男性であるという理由では認められないのである。そうでなくとも、介護殺人や虐待という悲劇を生み出す加害者の多くは男性であると言われている。この現実に対して介護保険はもう少し柔軟に対応できるようにすべきではないかと考える。

 

家族は要介護高齢者の介護に大きな役割を果たすと同時に、家族の存在が絶対的な善であるとはいえない。家族は要介護高齢者にとってプラスにもマイナスにも作用する。利用者より家族の声が大きい場合、ケアマネジャーの作成するケアプランは、どれだけ要介護高齢者本位のものになっているであろうか。「この家族がいなければもっといい介護を提供できるのに」と考えるケアマネジャーがいないわけではない。さらに、施設入所を希望する家族と、住み慣れた在宅を望みながら声を押し殺す要介護高齢者といった構図は決して珍しいことではない。その時ケアマネジャーは要介護高齢者に寄り添いながら、どのような位置に立ち、問題の解決にその役割を果たしうるであろうか。

 在宅における介護は施設でのそれと違い家族を無視して行うことができない。高齢者とその家族には固有の歴史がある。百人の高齢者がいれば百通りのその家族の歴史があるのだ。長い歴史のなかで培われた家族の関係性は簡単には変わらない。同時に、介護者の出現は家族の形とメンバーの役割の変更を求めざるを得なくする。

 こうした家族の問題を考えるとき、家族療法から学ぶことが大きいと考えている。

家族療法は、家族をシステムとして把握する。家族というのは一つのシステムであって、システム(家族)の問題は、その個人が一人で作り出すものではなく、システム構成員の関係が作り出すという考え方である。

こうした家族療法の考え方から、家族介護を考える基本的な視点の一つとしてここでは渡辺俊之氏の次の示唆を紹介しておく。「要介護者の出現は、境界の機能を変化させる。境界の変化が介護家族にとって適応的は変化なのか、そうでない反応的で病的な変化なのかを見極めることが、援助者には求められるであろう。」※3


家族療法について、ここでこれ以上説明することはできないが、興味のある方はぜひ家族療法を学んでいただきたいと思う。

また、介護者支援の課題として介護手当という問題がある。ただこの問題はここでは書ききれないので別の機会に記すことにする。

 

※1「病んだ家族、散乱した室内」春日武彦著

※2「介護者と家族の心のケア」渡辺俊之著 金剛出版 

 

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